「操られるのでは」という不安を持つ方は、

残念ながらセッションに来られることはありません。

でも、この誤解はとても根強い。

だからこそ、ここで正直に書いておきたいと思います。

その誤解は、どこから来ているのか

テレビやYouTubeで見る「催眠術」の映像——

あれを見れば、誰でもそう思うかもしれません。

「あなたは眠くなる」と言われた瞬間に倒れる人。

「鶏の声を聞くと踊り出す」という暗示をかけられた人。

催眠というと、多くの方がこういったものをイメージされます。

でも、あれは催眠「術」であって、催眠「療法」ではありません。

エンターテインメントとして成立するよう演出されたもので、

セラピーの場で起きることとは、全く別のものです。

催眠状態でも、意思はなくなりません

セッションを終えたクライエントさまは、

例外なく、起きたことをしっかり覚えています。

深い催眠状態に入りながらも、

自分が何を感じ、何が起きたかを、きちんと記憶しています。

前回の記事で書いた「舞台と客席」の話に戻ると——

催眠状態とは、目をつぶって観劇しているような感覚です。
舞台の上で何かが起きていても、客席のあなたはそこにいます。
意識があり、感情があり、判断できる自分が、ずっとそこにいます。

操られるとは、自分の意思がなくなること。

でも催眠状態では、意思はなくなりません。

自分がしたくないことは、催眠状態でもしません。

自分が言いたくないことは、言いません。

客席のあなたが、ずっとそこにいるからです。

感性の高い方に起きること

ただ、催眠状態には深さがあります。

セッションへの慣れや、もともとお持ちの感覚によって、

体験の質が変わることがあります。

感性の豊かな方の中には、

客席から眺めるだけでなく、

舞台上の人格や守護霊と、感覚を共有されることがあります。

感覚を共有するとはどういうことか
過去生の人格が感じていた肌の感触が、自分の身体に伝わってくる。
守護霊が見ている景色が、ぼんやりと見えてくる。
その場の感情が、自分の胸に流れ込んでくる。

これは操られているのではありません。
無意識の層が深く開いたとき、受け取れるものが増えていく——
そういうことだと感じています。