私が大切にしていること

私が大切にしていること

信じるためではなく、
ご自身の内側にある感覚を、確かめていくために。

このページでは、セッションの背景にある私の考え方を、できるだけ率直に書いています。

私は、答えを外側から与えるのではなく、
その方の内側にすでにある感覚や反応に触れていくことを大切にしています。

その見方を支えているものとして、無意識という視点と、般若心経の中にある考え方があります。


宗教として勧めたいわけではありません

まず最初にお伝えしておきたいのは、
私はこの場で、特定の宗教を勧めたいわけではないということです。

般若心経を持ち出すのは、何かを信じていただくためではなく、
人の苦しみや思い込み、そして「本当は固定されていないものを、固定されたもののように握りしめてしまう心」を見つめるうえで、
とても本質的な知恵が含まれていると感じているからです。

そのためここでは、般若心経を「教え」として押し出すのではなく、
心の動きや無意識の反応を見ていくための、ひとつの視点として扱っています。


私が無意識を大切にしている理由

人は、頭で考えていることだけで生きているわけではありません。

「こうしたい」と思っているのに動けない。
「もう気にしない」と決めたのに、同じことで苦しくなる。
「分かっているのに変われない」。

そうしたことは、誰にでも起こります。
それは意志の問題ではなく、思考よりも深いところで反応しているものがあるからだと、私は考えています。

セッションでは、言葉になる前の感覚や、身体に現れる反応を手がかりにしながら、
ご自身でもまだ言葉にしきれていないものを見ていきます。

無理に答えを作るのではなく、
もともと内側にあるものに気づいていく。
それを大切にしています。


般若心経に惹かれる理由

般若心経には、短い言葉の中に、とても深い見方が込められていると感じています。

私自身が印象的に感じているのは、
「私たちは、あると思い込んでいるものに強く縛られることがある」という視点です。

たとえば、
「私はこういう人間だ」
「これは絶対に変わらない」
「この苦しみには意味があるはずだ」
「こうしなければならない」
そうした思いは、ときに自分を支えることもありますが、同時に枠にもなります。

般若心経は、そうした見え方を少しゆるめてくれるものだと感じています。

何かを否定するためではなく、
「それは本当にそうなのか」と見直していくために。
その視点は、無意識を見ていく作業とも重なっています。


般若心経を「ツール」として扱うということ

ここまで般若心経について書いてきましたが、
私自身はそれを思想として信じているというより、
実際に使えるものとして扱っています。

セッションの中では、ヒーリングや場の調整、その他さまざまな場面で用いることがあります。

また、守護霊と呼んでいる存在とのつながりを感じやすくしたり、
その状態を安定させるための手段として使うこともあります。

これは特定の信仰に基づくものというより、
実際にそのような変化や反応が起きることを体験してきた結果として取り入れているものです。

ただし、これを必ず使う必要はありません。
人によって合う方法は異なりますし、別のやり方で進めることもできます。

私にとって大切なのは、
何を使うかではなく、その方にとって自然に変化が起きていくことです。

般若心経は、そのための手段のひとつとして、必要に応じて用いています。


「空」は、何もないという意味ではない

般若心経に出てくる「空」という言葉は、
「何もかも意味がない」といった虚無のように受け取られることがあります。

けれど私自身は、そのようには捉えていません。

むしろ「空」とは、
私たちが固定されたものだと思っているものが、実は固定されきってはいない
ということを示しているように感じています。

苦しみも、感情も、思い込みも、対人関係のパターンも、
永遠に同じ形で続くわけではありません。
だからこそ、人は変わる余地を持っています。

この見方は、私にとって希望のあるものです。


セッションとのつながり

セッションの中で私がしているのは、
般若心経を説明することでも、考え方を教えることでもありません。

ご自身の内側で実際に起きている反応を、一緒に見ていくことです。

たとえば、身体がわずかにこわばる。
ある言葉にだけ反応が変わる。
頭では何もないと思っていたのに、内側でははっきり揺れている。
そうしたことがあります。

その反応は、これまで気づかれてこなかった無意識の動きを教えてくれることがあります。

それを見ていくことで、
「これしかない」と思っていた見え方が、少しずつ変わっていくことがあります。

セッションは、何かを信じる場ではなく、
ご自身の体験を通して内側に触れていく時間です。


守護霊という言葉について

このサイトでは「守護霊」という言葉を使うことがあります。

ただ、その実在を一方的に断定したいわけではありません。

セッションの中で現れるものを、
心理的なイメージとして受け取ることも、象徴的な存在として受け取ることもできると思っています。
どのように意味づけるかは、その方の自由です。

大切にしているのは、
「何を信じるか」よりも、その体験がどんな意味を持つのかです。


私が願っていること

苦しみの中にいるとき、私たちは答えを外に探し続けてしまうことがあります。

外からの助けは大切ですが、同時に、自分の内側にしかない確かさもあります。

私はその確かさを、その方のペースで確かめていける場をつくりたいと思っています。

般若心経の言葉も、無意識という見方も、そのための土台のひとつです。

何かを信じなければいけない場所ではなく、
ご自身の感覚を信頼していける場所でありたい。
それが、私が大切にしていることです。


セッションについて詳しく見る

初めての方へ、セッション内容、メニューについては、こちらからご覧いただけます。

セッションのご案内
初めての方へ